| 開催日時:3月19日(三日目)13:30-14:30 会場:全学講義棟1号館 3F 301 |
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| 戸高 一成 (とだか かずしげ) 氏 呉市海事歴史科学館(大和ミュージアム) 館長 |
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| 多摩美術大学美術学部卒業。デザイン会社を設立するが5年後に財団法人史料調査会主任司書、1992年には同財団理事となる。1994年旧厚生省より戦没者追悼平和祈念館設立準備室の立ち上げ協力を依頼され、1999年には昭和館図書情報部長となる。2005年4月には、技術の進歩と平和の大切さを伝える呉市海事歴史科学館館長となり、年間100万人の来館者を迎える稀代の科学館に育て上げた。「証言録」海軍反省会(全11巻 菊池寛賞受賞)や「戦艦大和復元プロジェクト」など著書多数。 |
| 講演題目 「体験者なき時代の歴史継承の姿を模索する」 −戦争体験を語り継ぐ− |
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| 概要 太平洋戦争が終わって80年を経た現在、戦争の悲惨さを体験として語り継げる証言者はほとんどいないと言ってよい。この現実を前にして、戦争を知らない世代である私たちは、次の世代に対して何が出来るのかを問われているという事に気付かなければならない。 しかし、一面、歴史というものは当時者がいなくなってから初めて成立するという側面を持ってもいる。体験者なき時代における戦争と平和へのアプローチには、どのような形があるのか、多くの実体験者からのヒアリングと文献調査の経験を述べてみたい。 |
| 大和ミュージアムと戸高一成館長について知りたい方にお勧めです。 ○大和ミュージアム (年間90万人が訪れる人気の科学館) ○NHKアカデミア第20回記録 (放送要旨) ○中国新聞特集 (2)(3)(4)(5) (館長インタビュー) ○戦艦大和 復元プロジェクト 書籍 東洋経済記事 (技術を忠実に再現した研究成果)) ○海軍反省会 NHKアーカイブス NHKスペシャル YouTube 戸高氏が書き起こした全11巻(菊池寛賞受賞) (戦後開かれた海軍反省会 400時間の証言記録) |
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| キャッチフレーズ「心を紡ぐ 精密工学の知と技」 本大会は、キャッチフレーズのとおり“心”をテーマにしました。昨今の世界情勢に目を向ければ、罪なき多くの人々が紛争に巻き込まれて苦しんでいます。そこでは科学・技術者の果たすべき責任が厳しく問われていると感じます。科学技術は本来、社会を豊かにし心身共に人々が幸福になるためにあるものであることは承知のとおりです。そこで当春季大会は、“精密工学の知と技”で“平和を大切に思う心、誰かを大切に思う心、何かを大切にしたい心”を紡ぐ大会にしたいと願っています。 平和の大切さを技術伝承とともに伝えているのが「呉市海事歴史科学館(大和ミュージアム)」です。20年間、常に年間90万人の来場者を迎える人気の科学館です。そこで、”平和と技術と人に思いを馳せるイベント”として基調講演を企画しました。講師には大和ミュージアム館長の戸高一成氏です。「NHKアカデミア」や「海軍反省会」でご存知の方も多いと思います。いまを生きる私たち技術者の心に響くお話が伺えると思います。是非、ご参集くださいますようお願い申し上げます。 |
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| <大和ミュージアム サテライトを訪ねて> 呉市には、かつて戦艦「大和」を建造した軍港がありました。日本一の海軍工廠が置かれ、海軍の重要拠点でした。戦後は世界最大級のタンカーを建造し「造船の街」として栄えました。もともとこの地に造船技術が芽吹いたのは、奈良時代(8世紀)のこと。朝廷から遣唐使船建造を命じられたことが発端です。その後、造船技術を活かして瀬戸内海では水軍が勢力を持ち、大いに活躍したことは歴史の教えるところです。 明治になると西洋列国の植民地になるまいとして、富国強兵策を推し進めます。四方を海に囲まれた日本では、とくに海軍は重要でした。明治19年には、呉港に第二海軍区鎮守府が置かれ、呉で軍艦、後に広で航空機エンジンが製造されるようになりました。呉港は瀬戸内海の島々、港には山が迫り、これらが自然要塞となって敵が攻め難い土地だったのです。 科学館は、明治以降の「呉の歴史」と造船・製鋼を始めとした各種「科学技術」を紹介する博物館として2005年に開館しました。開館から11ヶ月で来場者は驚異の160万人となり、その後20年に亘り、年間90万人が訪れる超人気の科学館です。名物は、1/10の戦艦大和の模型です。この模型は、6mmの鋼板を使って造船所で作られ、進水式まで行われました。歴史を忠実に反映した科学技術模型です。いまも新事実が発見されるたびに、可能な限り改造が続けられています。現在、科学館はリニューアル工事中です。2026年3月末のリニューアルオープンの際には、大胆な改造も期待されています。 最近、艦首に付いている「菊のご紋」の大きさが判明しました。今まで直径1.5mが定説でしたので、模型の船首部分はこれに併せて設計されました。ところが、沈没した大和の写真から新たに1mとわかったのです。したがって、艦首構造部は大幅な改造となります。こだわりの改造もあります。使用されていたロープのねじれ方が、右なのか左なのか判明したのです。巻き上げる際に、ロープが緩まぬように考えられていました。来場者には視認できない細部の修正です。建造時から視認できない細部へのこだわりはありました。例えば実際の甲板は板幅15cmを敷き詰めています。模型では15mmになりますので、実際の木材では木目模様が見えなくなったり違ってしまいます。1/10に木目もならなければいけません。そこで別木材を探したそうです。さらに、甲板は水はけを良くするために微妙に反っています。15mmの板をこれに沿って敷き詰めるのは至難の業です。これを職人が一枚一枚丹念に施工してくれたそうです。これも来場者には気づいてもらえない館長こだわりの再現でした。 館長は、ご自身の著書のなかで「来場した子供達が、戦艦大和はかっこいい!と思って興味をもってくれたらそれで良いのです。」と書かれています。その意図は、そこから技術や戦争に興味をもち、やがて平和について考えるようになり「戦艦大和はかっこいい」だけではないところに、将来、子供達が到達してくれることを願っているそうです。戦争を知らずに平和を考えることはできず、正しい知識が与えられなければ、正しく考えられないのです。そのはじめの一歩が、”興味を持つ”ということだとおっしゃっています。この科学館は、技術をとおして戦争を知り、平和を考えるための優れたコンセプトに基づく施設なのです。 暮れも押し迫ったころ、基調講演をお願いしている戸高一成館長を呉に訪ねました。挨拶と打ち合わせを兼ねての訪問でした。館長は気さくな方でいろいろなお話をさせて頂きました。なかでも彫刻科をご卒業されたこともあって、鑿(のみ)を研ぐ天然砥石にお詳しく、天然砥石の話で盛り上がりました。先人の知恵に基づく技能伝承などにも話が及び、ものづくりが心から好きな方だと思いました。ご講演の打ち合わせに行ったのに、なかなか打ち合わせが進まず笑ってしまいました。 科学館を訪問したのには、もう一つ目的がありました。小生の手元に恩師である故小林 昭先生(精密工学会名誉会員)から預かった講義ノートがあります。これは東京帝国大学工学部造兵学科で大越先生から学ばれたときに自作した「精密加工法T・U」のノートです。ノートと言っても自分用に編集され製本された教科書のようです。昔、帝大生は講義資料とともにノートを製本して大事に残したようです。日本を背負っていく帝大生の情熱と、強い使命感が伝わってくる学術遺産です。そこで後世に残すべき、このたび科学館に寄贈させて頂きました。 (文責:池野順一) |
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